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Catch a cold



空気の張り詰めた寒い冬の朝だった。
此処は、S.S.の中にある未来のAgentを育成する通称"School(学校)"。
そして、T13の現在の職場でもある場所。
すれ違う幾人かの生徒からの挨拶に一つ一つ、答えながら、
自分のofficeを目指す。いつもと変わらない光景。
T13は自分のofficeのドアを開けた。
酷い頭痛と喉の痛みは治まってはくれなかった。
 
 
自動ドアが無愛想に開く。
警備員に軽く、手をあげてM-10はschoolの中に入った。
普通、M-Codeはあまり出入りしないのだがある理由ですっかり顔馴染みだ。
 
「10――!!」
 
その理由が元気よく10の足元へ駆け寄ってくる。
 
「ほれ、昼飯だ。」
「ありがとう、」
「美味いって評判の、げほげほっ、」
「風邪?」
「いや、その店で横の男がずっと煙草を吸ってやがって、たく。」
 
ブツブツと半分は口の中で不平を漏らすM10を見上げていたWillが
pocket(ポケット)を探って目的のものを見つけ、はい、と差し出した。
 
「cough drops(のど飴)か、 」
「うん、流行ってるんだ。」
「Cold(風邪)が、か?」
「ううん、cough dropsが。」
 
理解に苦しむという顔で、ぽい、とcough dropを口に放り込んだ。
 
「うげっ、」
「な、何!?」
「なんで、cough dropsが甘ェんだよっ!?」
「だって、cherry(さくらんぼ)味だもん。」
「mintとかにしとけよ…、」
「でも、先生は美味しい、って!」
「T13か?」
「うん。」
「あいつは変だからな、」
 
途端にWillが怒り出す。
 
「先生はすごいんだよっ!10の馬鹿ッ!」
「んだと、こらッ。でcough dropsはなんでやったんだ?」
「10と一緒。咳してたから。これ、半分あげたんだ。」
「成る程。と、噂をすれば、だ。」
「あ、先生、」
「おや、10。今日は…、」
 
M10が近づいてきたその顔を見て、吹き出す。
 
「なんだよ、それ?」
「マスク、ですが?知りませんか、10。」
「いや、別に知ってるけどなァ。」
「生徒にうつしては大変。examination(試験)はもう来週なんです。」
「ふぅん、」
「それじゃ、私はこれで。」
 
T13の歩き方はいつも通り淀みなく見えた。が、M10が呟いた。
 
「風邪、ね…。」
「え?」
「確かに余裕がない。」
「え…、」
「おい、それ貸せ。」
 
そう言うなり、M10はWillの手に握られていたcough dropsを投げた。
振り向きもしないT13の手に、それは狙ったように吸い込まれていく。
 
「お大事に。」
「…ありがとうございます、」
 
Willが慌てて、M10のスーツを掴んだ。
 
「危ないよ、10!」
「無理、してるわけじゃないのか?なら、どうして…。」
 
聞えているのかいないのか、M10は考え込んでいた。
 
 
T13は自分のOfficeには入るとドアを後ろでに閉めた。
 
「げほ、げほげほげほっ、ふぅ…。」
 
先程、多少荒っぽいやり方で贈られたcough dropsを見る。
 
「有り難く、頂き…」
 
そこで少し、T13の動きが止まり、視線はcough dropsに釘付けになる。
が、すぐに何事もなかったように。
 
「ますか、」
 
と、薄暗いofficeに彼のやや掠れた声が響いた。
 
 
「で、これだ。」
「何、それ?」
「発信機つき盗聴器。」
「???」
「此間、別れた彼女に作ってもらった奴さ、」
「…フられたんだよね。」
 
Willを軽く睨みつけてからM10は得意そうにそれをかざして見せた。
 
「これと同じのを、13にやったcough dropsの包み紙にくっつけといた。」
「えッ!?」
「奴が何を隠しているのかを探る為さ、」
「10…?」
 
Willの声に10が顔を上げた。
 
「なんだ?」
「ううん、何で隠してると思うの?」
 
一瞬、仕事の顔をしている、とそう思ったのは気のせいだろうか。
 
「勘さ。さて、何処にいるのかな。」
 
携帯電話のようなものに赤い点が映し出される。
noiseを伴って聞えてくるのは二人の男の話し声のようだった。
 
「…か?…、…心配、…まだ、…気付かれては…、…、」
「ち、聞き取り難いな。」
 
また、とWillはそっとM10の顔を見る。こうしていると彼が別人に思える。
 
「場所は解かった、まずいな、」
「ぼ、僕もッ、行っていい?」
「お前の先生、だもんな。」
 
そう言って微笑んだM10にWillが力強く頷いた。
 
 
人気のない倉庫街に一台の車が近づいてくる。
見慣れたS.S.支給の黒いセダン。
男が銃の安全装置を外し、乱れていた髪を直す。
 
「Are you ready?(準備はいいか?)」
「ええ、勿論。久しぶりですけどね、」
 
もう一人の男が軽く微笑んで銃弾を確かめた。
二人とも黒ずくめですっかり日の落ちた暗い路地に溶け込んでいる。
一つの倉庫の前でセダンが止まった。
 
「13?居るのか?」
「先生…、」
 
大きさの違う二種類の影が車から降りてくる。
 
「ええ。」
 
酷く掠れてはいるものの、T13の声が倉庫の中から聞えた。
ゆっくりと姿を現したその手には銃が握られている。
Willが息を飲む音がやけに大きく響く。
 
「何の真似だ?」
「Will、離れろっ、」
 
聞きなれた声に弾かれたように走り出そうとしたWillの腕を
傍らに居たM10がしっかりと掴んだ。
 
「10…?」
「やはり、ばれているか。」
 
叫んだのは暗闇に潜んでいたもう一人の男だった。
其処にあるはずのない顔を見つけてWillが目を白黒させた。
 
「え…?」
「全く、逃げろって言われたら逃げろよ、馬鹿。」
「10が、二人…!?」
 
やれやれ、と肩をあげながらT13の横に立つM10が言った。
 
「おいおいおいおい、こんな男前を見忘れるなよな。」
「だって、じゃ、この人は、」
 
今、自分の腕を掴んでいるこれまた10の顔をした、男を見上げる。
 
「ふぅ、なんでばれたのかね、」
「最初からおかしいと、思っていましたよ。」
「何故だ?完璧だったはずだ。事実、こいつはすっかり信じていたしな。」
 
と、偽者が顎をしゃくってWillを指した。
 
「仕方ないだろ。暮らし始めて日は浅いんだ。
ましてやまだ、Agentでもないガキには見破れないだろうさ。」
 
本物の方のM10が言い放って、偽者に銃の照準を合わせる。
 
「おっと、いいのか?子供が死ぬぞ?」
「はァ、全くお前は使えないよなァ。」
 
悔しそうにWillが唇を噛む。
 
「さて、2対1です。彼を盾にしたところで逃げられませんよ。」
「ふん、お前等に子供は殺せはしないさ、」
 
Willが叫ぶ。
 
「僕、足手まといになりたくないッ!だからッ、」
 
カチリ。
 
偽者の後頭部に冷たい押し当てられた感触は振り返るまでもなく
銃口のそれ、だった。
 
「足手まといなもんか、君は優秀さ。」
「M04ッ!」
「な、ま、まだ、仲間が!?」
 
M10が腕時計を外して、振ってみせる。
 
「前の彼女がくれたのは、発信機つき盗聴器、だけじゃないんだぜ?」
「?」
「腕時計型携帯電話。お前の負けだ、観念しろよ。」
 
変装を解いてしまえば、自分と似ても似つかない男を駆けつけたS.S.の
Agentが連行して行くのを見ながら、M10が唸る。
 
「最近の変装技術は進歩してるよなァ。何で解かった?」
「匂い、ですよ。」
「匂い?」
 
Willを気遣っていたM04も振り返って尋ねる。
 
「香水、10は好んでつけていましたよね?」
「ああ。でも、偽者の10もつけていたよねェ?」
「それが偽者の証拠です。」
 
T13が微笑んで言う。成る程、と、横でM10が頷く。
 
「彼女と別れたとかで貰った香水を10は昨日、私に押し付けましたからね。
最初は匂いが移ったかと思いましたが、発信機を見つけて、それで、
前に聞いた変装技術の事を思い出したんです。」
「成る程、ね。で…、」
 
M10がつかつか、とWillの側に言って頭の上から声をかける。
 
「お前は何で拗ねてるんだよ?」
「…、」
 
ふい、とそっぽをむいてしまったWillにくってかかろうとする
M10の肩をT13が掴んで引き戻す。
 
「君が、あんな事をいうからでしょう?心にもないくせに。」
「お、おれは本当に事を言っただけだ。第一、こいつだっておれの事、」
「それは違うよ、10。」
 
M04がWillの頭にそっと手を乗せながら言う。
 
「Willは気付いてたのさ。何で僕が都合よく場所まで解かったと思う?
君は場所までは電話では知らせてくれなかっただろう?」
「ああ、あの時は倉庫の中で、場所なんて、じゃ、なんで…、」
「Willが、電話をくれたのさ。」
「え…?」
 
M10がゆっくりと未だそっぽを向いているWillの背中に視線を移す。
 
「君がね、別人のような気がするって。友達に発信機をつける様な
人じゃない、って、ね。」
「…、」
 
T13がとん、と、M10の肩を押す。
 
「ほら、言う事があるでしょう?」
「…。」
「認めなさい。気付かれなかったのが寂しくてあんな事を言ったって、」
「!」
 
Willが驚いた様子で振り返る。勿論、驚いたのは彼だけではなく。
 
「だ、誰がッ、寂しいなんか思うかよッ!」
「10…、」
「んだよ、おれは断じて寂しいなんか、」
「僕、足手まとい?使えないから?」
 
口を開こうとしないM10の代わりに、T13の静かな声が話し始めた。
 
「じゃ、私からも情報を一つ。」
「先生…?」
 
Willの涙の滲んだ目を覗き込みながら、T13が優しく言う。
 
「何故、彼があっさり捕まったか知っていますか?」
「おい、13ッ、」
「君は黙ってなさい。Will、10はこういって呼び出されたんですよ、」
「?」
「君が事故にあったと電話を受けて。デートまですっぽかしたんですよ?」
「…、」
 
わざと不機嫌そうに舌打ちして10は、怒鳴った。
 
「男が泣いてるんじゃねェぞ、馬鹿。」
「な、泣いてないよっ!馬鹿!!」
「んだと、コノヤロウ。お前のせいでまた、フられるんだぞ!?」
 
M10の怒鳴り声を聞きながらWillが何かをpocketから取り出した。
 
「…これあげるよ。」
「なんだ?cough drops?」
 
何も言わずに怒ったままの勢いでぽいと口に放り込む。
 
「甘ぇッ!?」
「嫌い?」
「…いや、悪くないな。」
 
そう言って、M10はWillの頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。
二人の喧嘩は大体、この儀式で終わる。
 
「僕も好きなんだ。」
「よし。じゃ、帰るか。」
「うん!」
「世話になったな、13、04。ガキ連れてるんでもう帰るわ。」
「ガキじゃないよ!」
「五月蝿ェよ、ガキが。」
 
そんな二人の様子に少し呆れたように微笑みながら13先生が言う。
 
「Will、帰ったらもう、寝るんですよ、」
「はーい、先生、さようなら、04さんも、さようなら!」
「ええ、さようなら、」
「じゃあね、」
 
M04も手を振ったあとに笑う。
 
「何だかんだ言って、仲が好いよねェ。」
「そうですね、はァ…、」
「13?」
「また、酷くなったみたいです…、」
「え?」
「風邪でず、」
「君も、早く寝た方がいいよ、早く帰って。」
 
外していたマスクをまたかけながらT13が酷い声で言う。
 
「いえいえ、officeに戻ってexamination paper(試験問題)を作らないと。
もう、ただでさえ日がないのにM10が捕まったりするからですよ、」
「そ、そうか。お大事に…、でも、身体が第一だよ。」
「有難う御座います、終わったら休みますから。じゃ、」
「うん。気をつけて、」
 
M04は車に乗り込むこの事件最大の被害者を気の毒そうに見送った。
風はますます冷え込んでいる。明日辺り、きっと雪が降るに違いない。
 



事件を起こそうと思ったら、やっぱり少し長めに;             
WillくんとM10さんは本当は好きなのに、言えないから             
自分だけじゃないかって不安なのです。             
本当は風邪引いてるT13さんが一番に思いついたんですけどね(爆)。             
如何でしたか?

+α
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