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-A Few Days later(数日後)-
 
地下にある仄暗いBar。
黒尽くめの男が一人、開店間もない時間にふらり、と
入ってくるとカウンターに腰を下ろした。
店主が問い掛ける前に先日、出たばかりのMenuを注文する。
 
「Dandelion を、」
「かしこまりました。」
 
手際よく降られたシェーカーから淡い黄色の液体が
グラスに注がれる。
 
「どうぞ、」
「前は甘い、と言ったっけ。」
「はい、女性向だ、と。」
 
客は一口、含んで言った。
 
「今日は、ちょうど好い。」
「cocktailとは、そういうものです。」
 
店主の言葉に、男が顔を上げる。
 
「おや、どうなさいました?」
「ん?ああ、これかい?」
 
赤く腫れ上がった右の頬を男が苦笑交じりに指さす。
 
「ちょっと、訳あり、でね、」
「では是非、Dandelion を。」
「好いね、そうするよ。」
 
店主と笑いあった瞬間、無情にも彼の携帯電話が悲鳴を上げた。
 
 
常の活気を取り戻したofficeでは、もう靴音も響かなかった。
一度ネクタイを直し、M10は社長室をknock した。
 
「どうぞ、」
 
書類から厳しい表情で目を上げるBossに一応尋ねておく。
 
「何か、」
「君らしくない仕事振りだったな、」
「思わぬ邪魔が入りましたから。」
「04の具合は?」
「もう、大丈夫でしょう。弾は貫通していましたから。」
 
溜息混じりにBoss が何かを言いかけた時、再び、ドアがKnockされた。
 
「どうぞ。」
「先ほど、病院から戻りました。」
 
入ってきたのは、M04だった。
「腕はもう、いいのか、」
「はい。まだ、銃は握れませんが…。」
 
肩から吊るされた腕が痛々しい。
M10が、Bossに、もう一度、尋ねた。
 
「で、用件は?」
「君らの前回の仕事の事だが、」
 
流石に二人は身を固くして、Bossの言葉を待つ。
 
「何故、Target を始末しなかったんだね?」
「全て、自分のMiss(ミス)です。」
 
何か言おうとするM04の押さえて言うM10を思案気に見つめながら、
Bossが唸るように言った。
 
「ふむ、どうしたものかな、M10、」
 
その時、部屋のドアが勢いよく開かれ、意外な人物が飛び出してきた。
 
「M10は、悪くないんですッ!!」
 
展開について行けず、立ち尽くす二人のAgentを後目にBossが声をかける。
 
「おや、もう着いたのかい、Will?」
「違うんです、僕を助ける為なんです。だから、だから、」
 
何とか思考が動き始めたM10の手がWillへと伸びて襟首を掴む。
 
「子供は黙ってすっこんでろッ、」
「だって!」
 
なおもWillの訴えは続いた。
 
「社長さん、10をクビにしないでッ!」
「くびぃ?」
 
目を白黒させているM10とWillを見比べ、Boss が可笑しそうに言う。
 
「クビにするつもりはないよ、Will。」
「本当ッ!?」
 
Willが振り返って、相も変わらず仏頂面のM10に笑顔を見せる。
 
「よかったね、」
「知らん。」
 
M04が堪えきれずに吹き出しながら、Bossに尋ねた。
 
「で、どうなるんです?」
「元通りだ。この事はなかった事にする。君らの失敗は帳消し。
Willも今まで通り、例の孤児院で…、」
 
「駄目ですッ!」
 
M10が突然机を叩いた衝撃で、書類の山が一つ、崩れる。
 
「10?」
「戻ったら、また、閉じ込められるッ、」
 
ぴくり、とWillの体が小さく震える。
 
「10、でも…、」
「いいか、04。あの修道女が言ってただろ、彼は特別だって、」
「ああ。確かに彼には才能が…、」
 
M10の大きな掌がもう一度、机を叩く。
 
「才能ッ!?今居る環境で使えない才能なんて、ただのお荷物なんだよ。
ましてや、子供にとっちゃ、Gift (才能)でも何でもない。
迫害される理由以外の何者でも…ッ!!」
 
黙っていたBoss が口を開く。
 
「それは、君の事かい、10?」
「…。」
「君も確か孤児院の出、だったな。」
「…。」
「彼に昔の自分を重ねるのはやめたまえ。」
「、彼に決めさせりゃ、いいでしょう。」
 
そういうと、M10は背を向けて社長室を出た。
乱暴に閉められたドアの向こうで一際高い足音が遠ざかっていく。
M04が苦笑しているBoss に頭を下げた。
 
「すいません、Boss。」
「いや。痛みも知らない暗殺者など、ただの快楽殺人犯に過ぎん。」
 
Boss はしゃがんでWillの小さな黒い目を覗き込んだ。
 
「君はどうしたい?」
 
「僕は―、」
 
 
ドアベルが鳴るのに店主は顔を上げた。
 
「悪いね、昼間から開けてる店を他に知らなくて、」
「有難う御座います、何に致しましょうか?」
「そうだな、」
 
M10は唇の端に苦笑を乗せながら、言った。
 
「Dandelion を。」
 
 
一時間ほど経つ頃、また鳴ったドアベルとともに
二人の男が子供連れで入ってきた。
 
「いらっしゃいませ、」
「ああ、見ろよ、やっぱり居たな。」
「そうですね、」
 
カウンターで眠りこけている男を指さすのを見て、以前一緒に、
来た事のある客だった事を店主は思い出した。
 
「普段はあまり酔われない方なんですけどね、」
「今日は、色々あったから…。」
 
栗色をした髪の男が労わる様に言う。
黒い長髪の男が、そっと眠っている男の肩に手をかける。
 
「起きなさい、迷惑ですよ。」
「んあ…、」
「ほら、10。」
 
栗色の髪の男も呼びかける。
 
「ねえ、10、起きてよ。」
 
最後に少年が声をかけると、ようやく男は目を開けた。
 
「何だ、お前、まだ居たのか、」
「おい、10。」
 
たしなめるM04の前に出て、Willが胸を張って言う。
 
「僕さ、Agentになるんだ。」
「!?」
 
驚く彼に、他の二人が苦笑交じりに言う。
 
「Boss も乗り気なんだよ。」
「まずは、私の生徒です、安心してください。」
「そ、そうか…。」
 
T13の言葉にようやく合点が行ったのか、M10はまだ少し中身の残っていた
グラスに手を伸ばした。M04が目を細める。
 
「綺麗だな、それ。」
「ああ、そうだろ。」
 
M10が得意げに笑う。
 
「おれの一番のお気に入り、なんだ。」
「何ていうんだ?」
「Dandelion 、さ。」
 
 
「しかし、酷いよな、」
「あ?」
「Willを撃たなかったのに、僕の腕を撃ちぬいたんだから。」
「それは、04が撃てって言ったからだよ。」
「あのなあ、」
 
喧嘩を始めそうな二人の間を割って、T13が口を開いた。
 
「それより、その右頬はどうしたんです?」
「あ、気になってたんだ。何だよ、それ?」
「あぁ、これかぁ。」
 
顔をしかめながら、M10が右頬をさすった。
 
「昨日、ちょっとな。」
「例のE-Codeの彼女?、」
「まァな。『おれの子供を産んでくれ』って言ったら、殴られた。」
「はあ…、」
 
T13と、M04の大袈裟な溜息にM10が、不貞腐れる。
 
「何だよ、お前等まで。」
「ねえ、」
 
ヒョイ、と顔を覗かせたのは未来のAgent候補。
 
「んだよ、」
「僕が10の子供になってあげるよ、」
「ぶッ!」
 
激しく吹き出したM10にまた、非難の声があがる。
 
「汚いッ、」
「やめなさい、みっともない、」
「お、お前等なあ。」
「あ、そうそう。Willは当分、君ん家に置いてくれって、Bossが。」
「な、何でッ!?」
「寮が空いてないらしいよ、それに君となら気が合うだろうって。」
 
ち、と舌打ちするM10にWillが笑いかける。
 
「よろしくね、10!」
 
無視を決め込む10に、13が声をかける。04も肩をすくめた。
 
「10、」
 
「…、」
 
くしゃくしゃと、答える代わりにただ髪をかき混ぜて。
 
 
店主から、小さなお客に特製オレンジジュースが差し出される。
嬉しそうにはしゃぐ彼にようやくM10の機嫌も直る。
 
嫌いじゃないさ、だから、子供がほしくなった。
 
M10は、口にする事のない想いをDandelion と一緒に呑み干した。
空のグラスが仲良く二つ、照明の下で輝いている。



人間、弱みの一つや二つや三つくらいはあるもので。             
ただの格好良い人だけにしたくなかった彼らの             
弱い部分を少々、書いてみました。             
一応、新年企画と銘打っておりますので、             
最後はやっぱり、Happy End...             
如何でしたか?

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