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Dandelion(たんぽぽ)


街のあちらこちらで祝いの言葉が交わされる。
年明け早々なせいか、客の居ない行きつけのBarでM10は一人、
グラスを傾けていた。
 
「名前は?」
「Dandelion、オリヂナルなんですよ。」
「へぇ、好い名前だな、」
 
今年から始めたという新しいcocktail(カクテル)は、
淡く透きとおった黄色をしている。
 
「おれには少し、甘いが女は好きそうだなァ。」
「是非、ご利用いただければ、と。」
「ああ、今度、口説く時には。」
 
店主と笑い合った瞬間、彼の携帯電話が穏やかな時間を
切り裂くように悲鳴を上げた。
 
 
人もまばらなOfficeを靴音を高く響かせながら社長室へと
向かう。じきじきの依頼だ、物騒な仕事に違いない。
 
「新年も休ます営業、か?まったく、」
 
軽く舌打ちをしながら、knock する。
 
「どうぞ、」
 
書類から目を上げたBossに一応、新年の挨拶などしておく。
 
「Happy New Year, Boss.」
「ああ、早速で悪いんだがね、ある人物の暗殺を頼みたい。」
 
暗殺、そんなものは仕事始めにはもっとも向かない仕事だ。
今度は心の中で舌打ちする。
 
「これが内容と、写真だ。目を通しておいてくれ。」
「Yes,sar.」
「それと、M04にも頼んであるから一緒に行ってくれ。」
「?」
 
怪訝そうな顔のM10にBossが尋ねる。
 
「どうかしたのかね、」
「何故、04なんです?彼は暗殺系の仕事はしないのでは、」
「目標を暗殺するまでは面倒を見なければならない。
君には、そちらは向かないだろうからね、」
「???」
 
ますます腑に落ちないと首を捻るM10をBossが促す。
 
「さぁ、ヘリの支度は出来ている、10分後には出発だ。」
「…了解。」
 
追い出されるようにして部屋を出たM10はちらり、と振り返り、
口の中で呟いた。
 
「一体何を隠してやがるんだか、あのオヤジ…、」
 
 
ヘリに乗り込むと今回の相棒はもう隣に座っていた。
轟音の為、軽く手を上げてみせるのに、頷いてファイルを広げる。
 
「なっ、」
 
一瞬、言葉を失う。がすぐにM04に大声で怒鳴った。
 
「ファイルっ、見たのかッ、」
「君に渡しておくってBossが。どうか、したのかい、」
 
通信用のヘッドフォンをつけながら、04に無言でファイルを差し出す。
すぐに04の表情が変わっていく。
 
「知ってたのか?」
「知ってたら、引き受けないよ。」
「だろうな、」
 
黙って返されるファイルを、同じく黙って受け取る。
今回の任務、暗殺target(目標)はWill Landau(ウィル・ランドー)、8歳。
味気ない活字のファイルがヘリの振動に揺れていた。
 
 
広大な砂漠の隣にある小さな町。
Will Landau の暮らす孤児院がひっそり、と二人のAgentを見下ろしている。
 
「ちッ、」
 
苦々しげにその施設から視線をそらす相棒を気遣わしげに見ながら。
 
「10、」
「んだよ、」
 
無意識に含まれる怒気に自分でも驚きながらM10は言い直した。
 
「…ごめん、行くか。」
「ああ。」
 
 
長い黒衣をなびかせながら歩く修道女が一つのドアの前で立ち止まった。
 
「此処に?」
 
錠の下りた鉄の扉に思わず非難するような口調に修道女が慌てて弁明する。
 
「彼は特別、なのです。他の子供が怖がって、ですから、」
「そんなことより、手続きを、」
 
M10の冷ややかな声が修道女を一層狼狽させる。
暗い部屋の中に彼らのtargetが座っていた。
 
「君が、Willかい?」
「…誰?」
「君の新しい友達さ、」
 
M04の差し出した手を握って、Willは震えるような声で言った。
 
「此処から、出してくれるの…?」
「ああ、さあ、行こう。」
 
 
M10は、ただ、黙って車を走らせていた。
ちらり、とバックミラーに映る少年の顔を見る。
何処にでもいそうな普通の少年に見える。
 
 
「彼が我が社の機密を?」
 
少年の能力は”decode(解読)”。
E-Code、Engineer(技術者)が作った最新の暗号システムを
いとも簡単に解いてみせたのだ。
 
「TV show の最後に流したり、雑誌の裏に掲載したりしたらしいよ。
出来映えを試す為に、ね。ただ、暗号だけを載せて、解読すると、
電話番号が出てくる仕組みなんだ。」
「で、掛かってきたってわけか、」
「危ない芽は早いうちに、ってBossらしいやり方さ、」
「新年早々、全く素敵な仕事を押し付けてくれるもんだな、」
 
二人は上空でファイルを捨て去りたい衝動に駆られながら、
孤児院を目指したのだった。
 
 
「眠ってしまったようだよ。」
「…。」
「10、」
「で、いつ、殺るんだ、」
「10!」
「何だよ、仕事だ、しょうがない。」
「違う、尾けられてる…、」
「何?」
 
そういえば、先ほどから同じ道を辿っている車が一台。
紺色のセダンがつかずはなれず追って来ている。
 
「ナンバーは?」
「調べたけど、登録されていないんだ。」
「そりゃ、ご丁寧な事だ。おい、この辺に社の秘密施設があっただろう?」
「あと5km程の所だ、」
「よし、飛ばすぞ。」
「み、道知ってるのか?」
「ああ、GPS内蔵の腕時計さ、」
「へェ、好いな、それ。」
「新しい彼女、E-Code なもんでね、」
「あ、そう。」
「しっかりつかまってろよ、」
 
乾いた道路を砂煙を立てて、車がスピードを上げる。
 
「あれだ、」
「見た感じ、廃屋だな、」
「ああ、W05が監修して作ったらしいから、」
「彼女らしい凝り様ってわけね、」
「好いか、車は止めずに飛び降りる。少しは時間を稼いでくれるはずだ。」
「O.K. Will、起きて…、」
 
M04がWillを揺り起こすが早いか、抱きかかえる。
その時。
何かが弾けるような音がした。
 
「タイヤを狙われたな、少し早いが、飛び降りるぞッ、」
「3、2、」
 
「Go!!」
 
爆音が頭上で響く。突如、現れたのは…。
 
「なッ、へ、ヘリッ!?」
「走れッ、」
 
 
「追われてるッ、M04とM10だッ!」
 
突然、飛び込んできた二人のAgentに施設の職員達は驚いたものの、
そこはA.S.S.の社員、すぐに対処に移る。
 
「車の連中と、ヘリの連中、別の組織だな。」
「厄介だな、」
「狙いはその子だ。うちの機密がそんなにほしいって訳ね。」
「意外と敵、多いんだな。」
「まったくだ、」
 
モニターで敵を見ながらM10とM04が話す。
 
「此処で待っててくれ、入口で始末する。」
「!」
「安心しろ、敵を、だよ。」
「ああ…、気をつけろよ。」
「まかしとけ。」
 
走っていく10の背中を見送り、聞こえるであろう、銃声に備え、
子供の頭を抱える。なるべく聞かなくていいように、本当なら、
無縁の人生を送ってほしかったと思いながら。
 
「君たちも奥へッ!本部へ連絡してくれ!」
 
職員達に叫んで自分も奥へと避難する。
幾つか、数え切れぬほどの銃声の後、こちらへ向かってくる足音が
聞こえる。思わず、M04の手が銃をとった。
 
「粗方、片付けた。応援がきたらしい、もう大丈夫だ。」
 
M04のとなりに身を隠して、弾丸を入れ替えながら、M10が叫ぶ。
銃をホルダーに戻しつつ、04が言う。
 
「怪我はないのかい、」
「…一発だけ、当たった。でも、心配ない。」
「そう、」
 
珍しい事じゃない、と04は思った。
これくらいで心配などしていたら身が持たない、そういう世界。
しかし、どんなに場数を踏んでもやはり、気遣ってしまう。
 
「…大丈夫なの、」
 
その気持ちを読み取ったかのように、Willが04を見上げる。
 
「彼はプロだからね、」
「人殺しのな、」
 
頭の上から、カチリ、と嫌な金属音が響く。
 
「…10?」
「仕事だろ。」
 
照準はぴたり、とWillに合わされている。
彼の腕なら、外す事は万に一つもない筈だ。
 
「離れろよ、04。」
「ねえ、10、」
「五月蝿い、オレ達はプロだ。請け負った仕事は、
必ず、やり遂げる。例え、どんな仕事でも。」
「…。」
 
それは痛いほど、解かっている。解かっているからこそ。
 
「僕ごと、撃ってくれないか、」
「…好いだろう。君の命はとらない。」
「悪いね、」
「好いさ。」
 
薬莢が一つ、乾いた音をたて、床を叩いた。



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