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花見


ひらりひらり。
桜色の花びらはまさに桜から散り落ちる。
 
「所で、いつまで此処に居るのさ、」
「さぁ、桜が散るまで、じゃないのか。」
「花盗人が現れたら起こしておくれよ、」
 
明るい髪色の短髪の少年が連れの少年を
呆れた様な顔で見遣る。
 
「その本、ちゃんと読んだのかい、」
「今更、こんなもの。」
「覚えてなど、いないくせに、」
「まぁね、君とは頭の出来が違うのさ、委員長。」
 
再び、呆れたような表情を浮かべて膝の古い本に
目を落とす。
黒髪の少年はどさり、と横になった。
 
「しかし、暇だな、」
「君、志願したのだろう。」
「こんなに退屈だとは思わなかったのさ、」
「そんなものだよ、仕事なんて。」
「はいはい、委員長様。」
 
本からは目を離さずに短髪の少年が言う。
 
「その、委員長と言うの、止めてくれないか、」
「だって、実際の事だろう、」
「僕が好きでやってない事を知っているくせに、」
「なら、断ればいいさ、」
「仕方ない。決まった事は受け入れるさ。」
 
黒髪の少年はくくく、と喉を鳴らして笑った。
短髪の少年は不機嫌そうに前髪をふ、と息で吹き上げる。
 
「先生方は君が偉くお気に入りだからな、」
「別に、普通にしてるだけだ。」
「何故、君が僕のような問題児と友人なのか、理解に苦しむってさ。」
「昔からの付き合いだ、今更知らん顔なんて出来ないだろ。」
「僕もそう言ってやったけどね、」
 
暖かい風が押し寄せては桜を散らせて行く。
ひらり、と本の上の花びらを払う友人を見ながら黒髪の少年は
話し続ける。
 
「そうそう、あいつ等も言ってたな、」
「あいつ等って、」
「休み時間も教室の隅で勉強をしているやつらさ、」
「君、仲がいいじゃないか、」
「僕は誰とも争わないよ、」
「よく言うよ。」
「あいつら、君にテストの点数が一点か二点負けたって、
騒いでいたぜ。何かと言うと君を目の敵にしたがってるのさ。」
「別に、構わないよ。」
 
ぺらり、と分厚い本の薄いページをめくって今度は短髪の少年が
黒髪の少年に笑みをこぼした。
 
「君だって、本当は好い点数だってとれる癖に、」
「いいや、精一杯さ、」
「嘘だね。で、君の友人たちはなんと言ってるのさ、」
「なんで、僕が君みたいな奴と友人なのかってさ、」
「へぇ。」
「だから僕は言ってやったよ、腐れ縁だ、ってね。」
「ああ、僕もそんな事を先生に言った事があるね、」
「皆、僕らがそんなに友人だとは思っていないってわけさ、」
「成る程、」
 
大袈裟に頷く短髪の少年に黒髪の少年が面白そうに尋ねる。
 
「どうしたのさ、」
「今度の仕事の事。先生から大変だろうけど、と言われた意味が
今、やっとわかったよ。君と一緒だからってわけだな。」
「ははは、そりゃひどいな、」
 
しん、と会話がやんで、一際桜の花が散り落ちていく。
いつの間にか、二人の周りは上も下も桜色で満ちていた。
 
「君はそれでも樹学を学んだ生徒かね、」
「ふふ、あのおじいちゃんか、」
「ああ、いつもそう言うのさ。」
「仕方ないよね、僕らにはそれしかなかったんだし、」
「おお、先生方が聞いたら泣く台詞だな、彼らは君の事を
学校始まって以来の優等生、だと思ってるんだぜ。」
「大袈裟だな、コツさえ掴めば、彼らとの接し方なんて、
簡単な事さ。」
「委員長らしからぬ発言だな、」
「だから委員長はやめろって。」
「はいはい、」
 
再び、本に目を落とした友人に黒髪の少年が静かに尋ねた。
 
「本当に来ると思うかい、」
「花荒らしの犯人が、かい、」
「ああ。」
「さぁね、この姿じゃ夜は見張れないぞ、」
「その時はその時さ、僕はこれがいいんだ、」
「噂をすれば、かな。」
 
ばたん、本が閉じられる。埃が一瞬、舞う。
向こうから賑やかな声が聞こえ始める。
手に手にお弁当や何かを持ち寄る花見客たち。
花を愛でる者、仲間との会話を楽しむ者。
 
誰も老木の根元に溶け込むように座り込んでいる少年たちには
気づかない。
 
「さて、仕事の始まりだな、」
 
短髪の少年が古い本を傍らに置いた。
黒髪の少年はほとんど目を通していない同じ本を放り投げる。
 
「おい、大事な文献だぞ、」
「活きた経験の方が大事さ、」
「覚えてなど、いない癖に。僕らが――、」
 
少年たちは立ち上がった。
 
「大事な本はどうする、」
「此処に置いておくさ、持ち歩くには重過ぎる。」
「好いのかい、委員長、大事な文献、だろ。」
「好いさ、どうせ、ヒトには見えやしないんだから。」
「それもそうだ、」
 
舞い落ちて積もった花びらを踏みしめて二人の少年は
ゆっくりと歩き始める。
 
ひらりひらり。
桜色の花びらはまさに桜から散り落ちる。



春を題材にすると、特に桜は何故かしら             
いつもよりちょっと謎めいた感じに仕上がります。             
多分、私の桜に対するイメージが「妖しい」だから。             
如何でしたか?

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