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マフラー


十二月の足音が聞こえ始めたある日曜の事だった。
昨日からの寒波で僕は遂にマフラーを出す事にした。
引き出しを開けると、閉じ込めた前の冬の空気が、防虫の為に
入れておいたハーブの小枝の香りと一緒に流れ出す。
マフラーは簡単に見つかった。広げてみる。
 
「よし、どこも虫食いはないし、きれいだな。」
 
リリン、リリン。
 
電話のベルが鳴る。
僕はマフラーをソファの上に投げると、慌てて受話器をとった。
 
「やあ、きみか。」
 
電話の主は、友人のMだった。彼も僕も冬が好きだ。
朝起きて、この寒さに嬉しくなったのでどこかに出かけないか、という。
僕は、にやっとして答えた。
 
「だろうと思ってね、今、マフラーを出した所さ、」
 
彼は声をたてて笑い、
自分もマフラーを出したらそっちに迎えに行くよ、と言って電話を切った。
まだ、顔に笑顔を残したまま、僕がソファに戻ってみると、
投げたマフラーが奇妙な具合に膨れている。
僕には何がいるのか解かっていたので、さっとマフラーを捲ってやった。
そこには、ぬくもりを奪われて不満そうな目をする、一匹の子猫。
 
「これはダメだよ、プウ。」
 
夏の終わりに拾った綿帽子は今ではすっかり一人前の猫になった。
まだ、小さいけれど爪も出し入れ出来る様になったし、
自分で毛づくろいも出来る。
拾ってきた時はミルクだって自分で、飲めないほどだった。
第一、猫なのか何なのか、分からないくらいだったんだから。
改めて、動物の強さを感じて、僕は再び丸くなって眠ろうとする
金茶の縞模様の猫を見つめた。
ひっくり返してやると、お腹は真っ白。
父さんはよく、「腹黒いよりいい。」と言う。
僕はふと、思った。
動物の中で一番弱いのはもしかしたら、僕等かもしれない。
僕等は自分を守る爪も牙も持たないし、逃げきる脚力も持たない。
 
「この柔らかい手だって、中には鋭い爪を持っているのに、」
 
僕は眠っているプウの白い柔らか手を握った。
途端に爪が出てくる。
でも、この温かい生き物はだからこそ、
僕の前で安心して眠ってくれるのかもしれない。
僕は自分のマフラーをもう一度かけてやった。
 
ジリリ、ジリリ。
 
玄関のベルが二回、続けて押される。
こんな押し方をするのはMしかいない。
ドアを開けた僕にMは少し、困ったような顔で言った。
 
「よかったらさ、今日はどこか、室内で過ごさないか、」
「どうしたのさ、」
「実は、マフラーをソックスに取られちゃってね。」
 
ソックスは彼の家の犬。黒いけど、一つだけ足が白い。
僕は笑いながら、言った。
 
「よければ、家で過ごさないか、僕のマフラーも取られちゃったんだ。」
「ああ、綿帽子か、大きくなったろうね、」
「うん、すっかり猫らしくなったよ。入りなよ。
どうせ、父さんも母さんも仕事なんだ。」
「ありがとう。
ブランデー入りのホットチョコレート、作ってきたんだ。」
「うれしいな、よく親父さんに怒られなかったね、」
「もちろん、内緒、さ。」
 
僕は一度、空を見上げてからドアを閉めた。
 
夏の終わりに拾った綿帽子は猫になり、季節は巡って、冬が来る。
 



少し昔に創り貯めていたお話のうちの一つです。             
創ったのは夏だったから、季節が来るまでとっておきました(笑)。             
モデルは勿論、うちの子猫ちゃんと友人宅のお犬様。             
少しだけ哲学を意識して創ったものなので固い感じですか、そうですか?             
如何でしたか?

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