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彼岸花


誕生日が近づいたある日の事だった。
学校の帰り道、幾人かの友人と歩いていた僕は
刈入れが終わった田んぼのあぜに、紅い花を見つけた。
 
「やあ、綺麗だな、」
 
僕の言葉を聞いて、友人達は口々にその花の悪口を言い立てた。
 
「でも、毒があるらしいぜ、」
「持って帰ると、家が火事になるんだ、」
 
あまりに鮮やか過ぎるこの花を昔の人はどういうわけか、
好まなかったらしい。
ともあれ、僕はこの花が気に入っている。
まるで、僕の誕生日を祝うかのように決まって、この時期に
咲き誇るのだ。
 
「僕はこの花が好きだよ、だって、とても綺麗だもの。」
 
友人達は納得がいかない様だったが、そこはちょうど、
僕がみんなと別れる道だったので、さっさと手を振って
行ってしまった。
 
「Mがいればなあ。」
 
僕は知らず知らずにそう呟いた。
Mは他の友人とは少し違う。彼らももちろん、
愛すべきクラスメート達だが、Mは彼らに
無い物をたくさん持っている。
どこか、不思議な雰囲気を持っている友人だ。
 
 
考え事をしていると、下を向いて歩くクセのある僕が
今度顔を上げたときにはそこは何故か見知らぬ道であった。
いくら考え事をしていたとはいえ、通学路を
間違えるはずはない。
しかも、そこは家の近所のどことも違っている。
緑の野がただ広がるばかりだった。僕は思わず立ち止まった。
一瞬、不安に囚われたが、景色の美しさに
少しづつそれも薄れていく。
しばらく歩くと、透明な水が流れる小さな川があった。
その水は例え様のないほどに美しく、川底の石が透きとおって
いかにも涼やかに見える。
僕が思わず、手を水につけようとした時、不意に後ろから
声が掛かった。
 
「やめた方がいい、」
 
驚いて振り向くと、そこには奇妙な格好をした同年くらいの
少年が一人立っていた。
彼は燃えるように紅い髪をしていて、淡い緑の着物を着ている。
彼はもう一度僕に言った。
 
「ここに来てはいけない、」
 
僕はその少年の顔にどこか、懐かしさを感じた。
確かにどこかで見た事がある。
彼はぼうっとしている僕の手を引張った。
 
「さあ、早く、こっちだ。」
 
どうしたわけか、僕は逆らう事が出来なかった。
気持ちでは先ほどの川に魅力を感じているのに、
体は少年の言う通り、川とは逆に歩きだした。
 
「君は一体誰、」
「さあね、君の味方だ。」
「味方、なぜさ、」
「君が僕たちの味方をしてくれたからさ、」
 
彼の言っている事がよく分からないまま、歩いていくと、
やがて野原は終わり、代わりに、不思議な白い空間が
ぽっかりと口を開けた。
 
「さ、このドアから外に出られる。」
 
少年の言葉に彼の指さす方を見ると、
なるほど、小さなドアが一つ、あるのが見える。
僕は言われた通りにそのドアを開けた。
中も真っ白だった。
一瞬、気後れして彼を振り返ると彼は僕に手を振って言った。
 
「大丈夫さ、早く行けよ。」
「うん、ありがとう、」
 
何故か分からないが、彼は僕を助けてくれたんだろう。
鮮やかな紅い髪は不思議だけれど、彼によく似合っている。
僕はそんな事を思いながら、ドアの外へ踏み出した。
あまりのまぶしさに目がくらむ。
その光の中で僕は彼が、叫ぶのを聞いた。
 
「よい、誕生日を!」
 
おそるおそる目を開けると、やはり白い空間にいるのだった。
だが、今までと違って、そこがどこなのかはっきりと分かる。
鼻をつく消毒液の匂い、白く見えていたのは病院のベッドから
見上げる天井だった。
足と手には包帯が巻かれ、体は動くたびに痛む。
訳がわからないまま起き上がった時、部屋のドアが開いて、
背の高いドクターが入ってきた。
 
「ああ、気が付いたかい、」
「僕は、」
「君は事故にあったのさ、覚えていないかい、」
「事故に、」
「ずっと昏睡状態だったのだよ。
しかし、今日になって、急に安定したので、ご両親は君のために
バースディ・ケーキを買いにいかれた。
今日が誕生日なんだってね、」
 
どうやら僕は何日間か眠ったままだったらしい。
その時、またドアが開いて、両親が入ってきた。
母が僕に一枚のポストカードを手渡した。
それはMからの物で、僕の誕生日にはこの町へやってくるという。
どうやら、すぐに電話をする必要があるらしい。
僕はそのポストカードを裏返して、はっとした。
ポストカードだと思ったのは一枚の写真だった。Mが撮ったらしい、
その写真に写っていたのは…、
 
僕の大好きな彼岸花。



久々のオリヂナルです。             
実はね、9月は私の誕生日があるのです。だから、”僕”と同じ理由で             
私も彼岸花が好きなのです。今年こそ、写真に収めたいと思っています。             
…幾つになるかは、秘密です(笑)。             
如何でしたか?

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