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終春の宵 〜陰陽師に寄せて〜


四月、十日を過ぎたあたりの事。
Mが所用から、この街へと戻ってきた。
例年より、早かった今年の桜はとうに見頃を過ぎていた。
夜目に美しい白壁の城を見ながら城前の広場をゆるり、とそぞろ歩く。
 
「今年は桜が見れず、残念だったな、」
「まあね、」
「あまり、気持ちのこもっていない言い方だな、」
「そんな事は無いさ、」
「いや、ある。」
 
Mは初めて直にYの顔を見、にやり、と不敵な笑みを零した。
 
「だって、君、代わりにとくと見てくれたのだろう、」
 
今度はYがMから、つ、と目線を外し城へと泳がせる。
 
「そりゃ、ね。どんなに綺麗だったか、教えてやろうと思ってね。」
「君は、好いヤツだな、」
 
Yはぷ、と吹き出して、Mを見た。
 
「そういう君はまた、何か、本を読んで影響されたようだね、」
 
月は半月。終春の風に、冷たさは感じられない。
 
「陰陽師、という本を読んだよ。」
「へえ、」
 
平安時代の闇をテーマにした近頃流行の時代物である。
Yは少し意外そうな顔をして見せた。
 
「めづらしいね、君が流行のものを読むなんて。」
「たまにはね、不思議な話は好きなんだ。」
 
そのせいであろう、今日のMはどこか、芝居がかった物言いをする。
そぞろ歩く事に多少疲れてきた二人は城が仰げる所に座して、
Yが持参してきた茶を飲む事にした。
 
「ドクダミ、さ。」
「いいね、」
 
別名『十薬』とも呼ばれるこの茶は薬効成分が
豊富な事でも知られる。
匂いを嫌うものも多いが幸い、二人は苦手ではなかった。
 
Mが呟いた。
 
「これが酒(ささ)になっても、」
「え、」
 
Yが聞き返す。
 
「二人、月の下で酌み交わすの、酒になっても君とは友人でいたいな。」
 
Yが苦笑した。
 
「何を言い出すかと思へば、君は少し、月に酔ったのかい、」
「かもしれない、でも、本に書かれていた二人の主人公の
友情がなんとも素晴らしかったから、」
 
Yは少し考えてから、Mに答えた。
 
「大丈夫、一緒に呑めるさ、」
「根拠も無いくせに、」
 
やや不審そうな顔のMにYは口を歪めて言った。
 
「"呪(しゅ)"をかけたからね、」
「、君も読んでいたのか、」
「まあね、僕も不思議世界の話が好きだから。」
「なんだ、そういう事か、」
「そういう事さ。」
 
「そろそろ、ゆくか、」
「うむ、」
「ゆこう」
「ゆこう」
 
そういうことになった。



「陰陽師」の原作を読んで創ったお話です。Mより、Yより、             
一番影響を受けたのは私です(笑)。原作を読まれた方なら、             
思わず、「にやり、」な場面をたくさん入れてみました。             
如何でしたか?

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