▼戻
風邪のち雪


何か、冷たいものが顔に当たる。
ぼくは重いまぶたをやっとの思いで開けた。
黒い鼻と黒い目。ベージュの毛並み。
去年の終わりに変えた新しい緑の首輪。
バロンはぼくの家の犬で一番好きなのは散歩。
その次が御飯、それが続けてやってくる夕方はバロンの
一番好きな時間。
 
年が明けて、おめでとうを言わなくなって世界がまた、
いつも通りに動き始めた頃にぼくは一人、休みに逆戻り。
ひどい風邪でひどい声、おまけにひどい熱。
だけど、ママもパパも仕事だから、バロンはぼくを
どうしても散歩に連れて行きたいみたい。
 
おでこは少し冷たくなっていて、眠る前に飲んだ
アスピリンが効いたよう。
ぼくはわざと、勢い好く毛布をはねのけた。
 
「おいで、行こう。」
 
バロンは勿論、喜んでぼくより先に階段を駆け下りる。
ぼくだってバロンと行く散歩を他の人に譲るなんてごめんだ。
 
帽子にマフラー、手袋、コート。
耳あても忘れずに。
バロンは勿論、自前の毛皮一枚でいつも通り。
 
「そうだね、走ろう。」
 
温まりたくてぼく達は走り出した。
冷たい風が喉の奥の方へ入っていくみたいで、
少し、苦しくなってくる。
バロンは土手を下ったり、登ったりで大忙し。
登ってくる時、まるで兎みたいに跳ねてくるのを見るのが
好き。四本足はいつだって飛んでるみたいに速い。
その後を必死でついていく二本足のぼく。
 
二人とも息が切れて立ち止まる。
 
「あったかくならないね、」
 
喉と頭が寒さで痛み始める。
咳も出始める。苦しい、苦しい、苦しい。
 
「大丈夫かね、これをほら、」
 
白い帽子に白いマフラー、白い上着のおじいさんが、
丸い缶に入ったドロップを差し出してくれる。
ステッキに人の良さそうな口ひげ。
ぼくは有り難く、一粒もらう事にした。
口に入れた途端、すうっと氷の粒を飲み込んだみたいに
喉が冷たくなる。でも、なんだかすごく楽になった。
 
「すごい、ありがとう。」
「好く効くだろう、特製でね。そうだ、君にあげよう。」
「でも、まだ、たくさん残っているのに。」
「構わないさ、そっちの君にもあげとくれ。」
 
早速、愛想よく尻尾を振るバロンはとても食いしんぼう。
 
「私も先日までひどい風邪でね。今年は来るのが遅れてしまった。
各地のスキー場からは苦情の嵐だよ、全くそろそろ引退かな。」
 
おじいさんはぼくとバロンにウィンクをひとつ、してみせた。
 
「さぁて、それでは少年、また会おう。」
「あ、これ、どうもありがとう。」
「これからもっと寒くなる、気をつけるのだよ、」
 
おじいさんの言葉が終わらない内に小さなつむじ風が巻き起こる。
ぼくはマフラーを飛ばされないよう、必死で押さえつけた。
 
 
冷たいものが顔に当たる。目をあけなくてもそれがバロンの鼻だって、
ぼくは知ってる。さっきのは夢、だったのかな。
起きてみるとやっぱりそこには黒い鼻と黒い目。
バロンが尻尾をふって散歩に行こうと誘っている。
 
「そうだね、行こうか。」
 
よく寝たせいか、身体は軽くて風邪はすっかり治ったみたい。
アスピリンが効いたのかもしれない。
きっとあれもアスピリンが見せたおかしな夢。
帽子にマフラー、手袋、コート。そうそう、耳あても忘れずに。
 
カランコロン。
 
ポケットから出てきたのは見覚えのある丸い缶。
ふたには「スノードロップ」の文字。
ぼくは慌てて、窓に駆け寄る。
 
「バロン、見てご覧、」
 
街はうっすらと白くなっていて、バロンは大はしゃぎ。
ぼくはドロップを一つ、口に入れた。
バロンに上げると一口なんだから。
 
「さぁ、走ろう。」
 
はしゃいでるのはバロンだけじゃない。
ぼく達は雪の中へ飛び出した。

A.S.S.と繋がってるようで全然違うお話(なんだそれ)。             
両方とも風邪とのど飴が出てくるんですけど、             
同じアイテムで別テイストが書いてみたくて。             
如何でしたか?

▼戻