▼戻
夜桜


待ちに待った桜の季節。
昼も夜も桜は綺麗だ。
でも、ぼくは断然夜の方が好き。
夜の桜はぞっとするほど、綺麗で妖しい。
 
ぼくは一人で、そっと家を抜け出した。
いつもなら、バロンも一緒だけど、バロンはこわがり。
夜は出歩かない性質の犬。
 
人気のない国道を自転車で走ると、昼間よりも身体が軽い。
ぼくはこういう時の夜の空気が大好き。
お城は白く、ライトアップされて、昼間とはまた
違った顔を見せてくれる。
堀に沿って裏の公園へと入っていく。
そこは昼間でも妖しいから、夜だと少し怖いくらい。
見上げると、黒い夜空に白い桜。
神社の中の庭で咲いている桜なんて最高に不気味で素敵。
 
暗がりの中に光る目が二つ。
 
びっくりしてブレーキをかけたら、黒い猫が飛び出してきた。
思わず、声をかける。
 
「やあ、いい夜だね、」
 
わかったような顔をして、猫が頷く。
ぼくの方をじっと見てから、歩き出す。
 
ぼくは自転車をおりて後を追う。
猫が振り返る。
ついておいで、と言ったような気がして、
ぼくは猫のしっぽを追いかけた。
 
猫は堀の縁で止まった。
側には桜の木があって、それが水面に写っているから、
綺麗さは二倍増し。
花びらが水面を覆っていて、なんだか歩いて
いけそうな雰囲気。
猫もぼくと同じ思いだったようで、水の上に足をおいた。
そのまま、まるで地面の上を歩くようにしずしずと
歩いていく。花びらが揺れる。
 
桜は、満開。
猫がぼくを振り返って、誘う。
誘いに乗って、一歩踏み出してみる。
一瞬、足は沈んだけど、柔らかい地面を
歩いているような感じ。
不思議な世界、夜の桜の不思議な魔力。
 
魅せられた、ぼくと猫。
 
暖かい春の風が吹いてきて、花びらを散らす。
ぼくたちの目が花びらの行方を追う。
 
次に前を向いたときにはぼくは自転車に乗っていた。
ふと、視線を感じて自転車を降りる。
後ろを見ると、さっきの黒猫がゆらり、と
しっぽを一振り、夜の中に溶けた。
 
この時期限定、不思議なものは、夜、猫、桜。



「春、桜」より、さらにテンポ重視、です。             
私の創るものには「お城」がよく出てきますが、             
モデルはちゃんとあるんですよ。詳しい方なら、解かるかも。             
如何でしたか?

▼戻