窓からの景色が妙に黄色く霞んで見える。
服を着替えて下におりると、
ぼくはパンをトーストするより先に電話をかけた。
聞きなれた天気予報のアナウンス。
受話器をおいてバロンを呼んだ。
ソファの上でくしゃみを一つして、バロンはやってきた。
バロンはぼくの家の犬で、赤い首輪がよく似合う。
ぼくらはいい友達だ。
「バロン、黄砂だよ。もうすぐ春が来る。」
この街では春先に大陸から黄砂が飛んでくる。
この頃から、バロンのくしゃみが始まる。
彼は花粉症気味だから。ちなみに、ぼくの花粉症は、
秋のキリンソウ。
「桜の様子を見に行こう。」
ぼくは朝ごはんをあきらめて、靴をはいた。
ビルケンシュトックの茶色のブーツはぼくのお気に入り。
ちょっと履きづらいのがたまにキズだけど、歩きやすさは最高だ。
バロンはいつもどおり、裸足のまま。
こんな日はバスに乗らずに歩いていく。
自転車でもいいんだけど、それだとバロンが疲れるから。
国道を歩いて、お城へ向かう。
建てられてから四百年らしいけど、まだまだ綺麗。
周りの濠はあまり綺麗とは言えないけど、鯉がたくさんいるし、
北に渡らない白鳥だっている。
生態系は狂ってるけど、お城の裏の公園はこの町で一番不思議な場所。
もちろん、お城の前の広場の方が桜の数は多いけど、こっちだってなかなか。
堀の水に映った桜は怖いくらいに綺麗だ。
桜にはまだ早い。
バロンがまたくしゃみをする。
「まだ、桜は咲いていないよ、」
バロンの頭をちょっとなでてから、上を向くとちらっと
桜色のものが目に入った。
びっくりしたけど、スカーフだった。
きっとだれかの落し物。がっかりしながら、手を伸ばして、
スカーフを木の枝から外す。
バロンが食べ物と間違えて飛びつこうとする。
「だめ、卑しいんだから、」
笑ってバロンに届かないようにする。
バロンが吼えた。
「だめだったら、」
バロンは吼えるのを止めて、じっと耳を澄ます。
ぼくも耳を澄ましてみた。
琴の音が流れてくる。もちろん曲は「桜」。
きっと、観桜会の練習だろう。
お城では毎年、観桜会が開かれる。琴の演奏は出し物の一つ。
バロンがぼくの影に隠れる。
バロンはこわがりだ。
「大丈夫、」
ぼくは首の辺りを軽く、たたいてやった。
琴の音が大きくなった。
びっくりして立ち止まると、上から、小さな桜色の物が落ちてきた。
ぼくとバロンはそろって上を見上げた。
いつの間にか、ぼくたちは満開の桜の中にいた。
琴の音は相変わらず続いていて、弾いているのは十二単のお姫様。
手に持っていたスカーフがするっと逃げていく。
「あ、」
もう、ぼくたちは元の公園にいた。
桜のつぼみはまだ開いていない。
バロンがきょろきょろしている。
ぼくはしゃがんでバロンに言った。
「きっと、黄砂にだまされたんだね、」
バロンはまだ、首を傾げていたけど、ぼくは納得していた。
きっとあれは、春霞が見せた、一足早い春の風景…。
終
残っている限りでは、一番古いものです。
テンポを大事にしたかったので、何度も、、
声に出した事を覚えています。
如何でしたか?
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