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※この作品中には推理小説程度の暴力的シーンがあります。
お嫌いな方はお戻りください。

Healer's Mind



冷たい夜気に配水管のひび割れをつたう水から湯気が立ち上っている。
決して日の当たる事のない裏路地。
つい今しがた、事切れた屍を前に男は満足そうな笑みを浮かべている。
 
Serial killer(連続殺人犯)、殺人を趣味とする者。
 
「…病んでるわね…。」
「!?」
 
似つかわしくない高い声。
女性のそれにしては低いものの、やはり、華がある音。
 
「誰だ…?」
 
路地裏の影が動くように姿を現したのは、一人の若い女性だった。
黒いスーツに縁無しの眼鏡。長く伸ばしたプラチナブロンドを
五月蝿げに跳ね上げる。
 
Killerの手にはまだ、血に濡れて光るナイフ。
そんな事など、お構いなしに彼に歩み寄る。
 
「癒してあげるわ。」
「…医者か?止めとけ、命の保障は無いぜ?」
「私の武器は"Healing"(癒し)。」
「なら、人違いだ。あいつを先に癒してやれよ。」
 
にやり、と不気味に笑って、Killerは、屍を指した。
女が首を振る。
 
「もう必要ないでしょ。それに私は聖人じゃないの。
別に、正義の為、癒すんじゃない。あんたが、」
 
暗闇に紛れて彼女の表情は読み取れない。
 
「使えるからよ。」
「何だと…?」
 
Killerは手の中のナイフを握りなおした。
一晩に二人も殺せるなら、願ってもいない。
 
「…私を殺す気?」
「だったら、どうする?お嬢さん。」
「無理ね、あんたに私は殺せないわ。」
 
次の瞬間、ナイフが闇に一閃した。
 
 
Agentの中には特殊なCodeを持つ者がいる。
例えば、優秀な人材のSCOUT(スカウト)を専門とする
"S"Codeを持つ者。
Agentの育成に当たる"T"Codeを持つ者。
 
"T13"もその一人。
"Gentle Killer"(優しい殺し屋)。
一流の技術を持ちながら、教育者に甘んじている彼のMiddle Name。
陰口として、使う者もいるが、それにもただ、微笑むだけ。
 
授業を終えて、自分のOfficeに戻ると消したはずの明かりが
点いているのがわかった。無意識に武器を探して、自分がいまや、
教育者であった事を思い出し、苦笑を浮かべた。
 
「まだ、悪い癖が抜けていませんね。」
 
ガチャリ。
 
開けたドアの影から、声がかかる。
 
「無用心ね、先生?」
「教師に武器は必要ありませんから。」
 
振り返るとそこにはかつての相棒が立っていた。
長く伸ばしたプラチナブロンド。
黒のスーツに、肩から吊るした包帯が痛々しい程、映えている。
 
「S 、どうしました?」
「ああ、これ。大した事ないわ。」
 
見れば、眼鏡はひび割れ、スーツの袖は裂けている。
今夜の仕事の大変さは容易に想像できた。
 
「今夜の仕事は、失敗したの、」
「…。」
「傷が深すぎたのかも、ね。癒しきれなかったのよ。」
「S ?」
 
いつになく、深い緑の目が弱々しげなのに気付く。
 
「なんで、あんたは"T"Codeになんてなったのよ?」
 
責める様な調子にT13は何もいわず、緩慢に微笑んで見せた。
彼女には珍しい弱音に少し戸惑う。
 
「お陰で私は、たった一人の"S"Codeよ?」
「すみません。辛い思いをさせてしまいました、ね。」
 
瞬間、乾いた音がT13の頬を打った。
 
「馬鹿にしないで。」
 
ヒールの音を響かせて、彼女は部屋から出て行った。
 
「…やられましたね、」
 
恐らく手加減無しだったろうその平手の痛みにT13は顔をしかめた。
口の中に鉄の味が広がっていく。
 
バタン。
 
「?」
 
ドアの閉まる音に顔を上げれば、プラチナブロンドが目に入る。
問う暇もなく、熱い右頬に冷たい感触が走る。
少し腫れ始めた頬には氷の入った袋が押し当てられている。
 
「ありがとう。」
 
思わず微笑んで礼を言うT13にS が呆れたように言う。
 
「私が打ったのよ?まったく…。
"Gentle Killer"というよりは、"Gentle Men"ね。」
「褒め言葉、と受け取っておきましょう。」
 
通じない皮肉に肩を竦めた後、彼女は少し目をふせながら言った。
 
「悪かったわ。痛むでしょう?」
「構いませんよ、あなたを今の仕事へ追いやったのは、私ですから。」
 
緑の瞳が再び、険しくなって、彼を睨みつける。
 
「また、打たれたいの?」
「な、何で怒ってるんです?」
「少なくとも私は逃げたりしない。自分の仕事には誇りを持ってるの。」
 
一呼吸置いて。
 
「あんたと違ってね。」
 
鮮やかに微笑んで見せるその笑顔は常のそれともう変わりない。
 
「私だって、今の仕事には誇りを持っていますよ。」
「え、」
「あなたが身体を張って、見つけてきた人材、
私達"T"Codeが、腐らせるわけにはいかないでしょう?」
 
彼の柔らかい笑みにつられて緩みかけた口元を慌てて引き締める様に
T13の口から忍び笑いが漏れる。
 
「何よ、」
「いえ。」
「まったく、何処まで行っても相棒は相棒なのね。」
「え?」
「今夜は失敗したけど、必ずまた、好い人材を見つけてくるわ。
だから、頼んだわよ、Partner(相棒)。」
 
少し驚いて目を見張ったあと、T13はにっこりと笑って、頷いた。
 
「任せてください、」
 
それじゃあね、と颯爽と出て行く彼女の後姿にT13が呟いた。
 
「あなたは強い。だから、あなたでないと、"S" は務まらない。」
 
片付けなければならない書類を少し振り返った後、
T13は、苦笑を浮かべて部屋の明かりを消した。
 
「でも…。」
 
今出て行ったばかりの人影を追う。
 
確かに彼女の武器は"Healing"。
でも、癒した者の痛みを背負わなければならない
"Healer(癒す者)"の思いを知る者は少ないのだから。
 
 



二人の過去にはこんなこともありました(誰だ私は・笑)。             
結構、Lovestoryぽくないですか??ドキドキv             
でも、違いますから。そうですね、強いて言えば…             
彼等の関係は「相棒」ですかね、うん。             
如何でしたか?

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