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Take my hands



しんしんと雪が降っている。
部屋に点いている明かりのせいで窓の外はほぼ黒に近い。
その黒を背景にただ、雪がしんしんと、降っている。
 
M10は、軽く舌打ちをした。
 
「10の馬鹿ッ!」
「五月蝿ぇ、そんなに嫌なら、出ていけッ!」
 
売り言葉に買い言葉、いつもの喧嘩が少し、escalate(エスカレート)して
ついそう怒鳴ってしまったのはかれこれ、2h(時間)程前の話だった。
どうせ、T13かM04の所へ行っているだろう、と思おうと努力すればする程、
苛立ちが募るのは何故だろう。
 
もう一度、舌打ちをして降り続く雪を眺めた。
 
 
暗い玄関にWillは立っていた。
何度か寒さに赤くなった手をdoorbell(呼び鈴) を伸ばしたがまだ、
押せずに居る。ふ、と足元が暖かくなった気がして、見下ろせば、
一匹の白い猫が彼を見上げて、愛想好く、にゃぁ、と鳴いた。
 
途端に燈るlight、逃げる暇もなく開かれるdoor。
 
「お帰り、寒いから心配して…、Will?」
「こん、ばんわ、」
 
カチカチとなる歯を何とか抑えて挨拶を口にする。
 
「いつから其処に?ごめん、気付かなくて…。さ、入って、」
 
普段のスーツ姿とは違うAgentに何処かほっとしながらWillは
その招待を有り難く受ける事にした。
彼の足元を慣れた様子で白猫はすり抜けていく。
 
 
「君は、milkで好いかい?」
「あ、はい。」
「にゃ、」
「解かっているよ、君にはcoffeeだろ?」
「にゃぁ。」
 
解かっているのか嬉しそうに返事をする猫にWillの顔がようやく綻ぶ。
 
「どうぞ、寒かっただろう?悪いね、聞えなくて。」
「あ、いいえ、僕、doorbellは押してなくて、ごめんなさい、04さん。」
「そうか、少し眠っていたもんだから、聞えなかったのかと思って、」
 
M04は暖かいmilkを差し出して、少し、肩を上げて見せた。
思えば、こうして二人きりで話をするのは初めてだった。
本来なら、自分たちAgent候補にとっては雲の上のような存在の人に
Willは少し、緊張した面持ちで礼を述べ、milkを受け取った。
 
「で、また、喧嘩したのかい?」
「…はい、」
「そう。仕方ないよね、でも、」
 
そこでM04は少し怖い顔をつくった。
 
「駄目だよ、こんな寒い日に家出なんて。」
「だって、10が嫌なら出て行け、って。」
「嫌、だったの?10が嫌いかい?」
 
さっきまでは確かに大嫌いだった。でも、甘いmilkにとんがっていた
気持ちは少しずつ解れていくようで。
 
「いいえ、」
「うん。きっと心配しているよ、10は。」
「…僕は、僕は、10が嫌いじゃないけど、」
「ん?」
「10は、僕の事…、」
 
ことん。
 
04の手にあったコーヒーカップが目の前のテーブルに置かれた。
Willは、どうしたのか、と顔を上げた。
 
「君は?10が好きなんだろ?」
「…。」
「なら、解かるはずだ。本当に好きなら、信じてあげるのが友達だろ?」
 
何時にない厳しい調子にWillはぴくり、と身体を震わせた。
 
”本当に好きなら、信じてあげる”
 
僕は10が好き、10は?10は、僕を好き?
 
「でも…、やっぱり、僕、解からない…。ごめんなさい、」
「Will、」
「ごめんなさい、」
「謝らないで、ごめん。少し、言い過ぎた。」
「僕は今まで友達がいなかったから、だから、10の気持ちも解からない、」
「Will、」
「時々、すごく不安になるんです、僕、僕、本当は誰も僕の事なんて、」
 
小さな小さな、弱い声で紡がれるのは一番奥の本当の気持ち。
 
「好きじゃないんじゃないか、って、」
 
膝の上で握り締めた手が微かに滲んで見え始める。
 
「僕は好きだよ。」
 
不意に投げかけられた静かな声。
 
「言っただろう?」
 
差し出された手はあの日と同じ。
 
 
「君の新しい友達さ、」
 
 
あの日、冷たい部屋から助け出してくれた黒い服のAngel。
片方はとても優しくて、もう片方は口が悪くて。
でも、本当は…。
 
「此処から、出してくれるの…?」
「もう、君は出ているよ。ほら、ご覧、」
 
部屋の中は明るくて暖かい。
そのせいでほぼ黒に見える窓の外を眺める。
しんしんと、ただ雪が降っている。
白く積もったその上をもう一人の黒いAngelがやってくる。
 
「10!」
「…世話、焼かすな。」
 
開けた窓から入り込む冷たい空気と暖かい気持ち。
 
「そんな所に居ないで、入っておいでよ、10。」
「おお、そうする、寒ぃ、」
 
 
「眠ってしまったようだよ。」
「…。」
「10。」
「こいつ、此処に置いてやってくれないか?」
「10?何言って、」
「ほら、こいつ、おれよりお前の方に懐いてただろ、最初から、さ。」
「…、」
「きっとその方が好いさ。」
「…、」
「頼むよ、」
「君は、」
 
M04がソファから立ち上がった。
 
「コーヒーで、好いよね?それとも、彼と同じmilkが好いかい?」
「04!?ふざけるなよ、」
「結局、似たもの同士なんだよね。相手が好きなくせにさ、」
「?」
「Willは君が大好きなんだよ?」
「はァ?そんな訳、」
「君は、好きなんだろ?」
「…、」
 
無言で視線をそらしたのは肯定と、とって好いのだろう。
 
「じゃあ、信じてあげないと。それに君は年上だろう?」
「あん?馬鹿にしてんのか?」
「まァ、ね。」
「んだと、」
「君がそうして自信を持てないから、Willはいつまでも檻の中に居る。」
「え…?」
 
睨むように見据えられて一瞬たじろぐ。
滅多に見せない怒りを湛えた目がこちらを真っ直ぐに見ている。
 
「あの施設から、彼は未だ出られていないんだよ、」
「何、どういう事、だよ?」
「不安で、誰も自分の事を好きじゃないんじゃないか、って言ってた。」
「…、」
「君なら、彼の気持ちは解かるんじゃないのかい?僕なんかよりずっと。」
 
冷たい部屋。
欲しかったのは何だった?愛?友情?
違う、そんなモノは欲しくない。
欲しいのは、ただ、欲しかったのは。
 
「手が、欲しかった。」
「…。」
「こちらへ伸ばしてくれる手が欲しかった。」
「10、」
「光の方へ、連れ出してくれる手が、」
 
溢れた水滴を見ないふりをしてM04はキッチンへ向かった。
 
「今日は、milkにしておこうね、」
「…。」
 
無言はきっと肯定の印。
 
 
しんしんと、雪が降っている。
過去は積もる雪にだんだんと薄れていく。
いらない、見たくない。
欲しいものは此処にあるから。
 
 
一緒に帰ろう、この手をとって。
一緒に帰ろう、明るい、暖かい場所へ。



前にもちらっと書きましたが、M10は孤児院出身です。             
だからWillくんの気持ちがわかるのですが、             
その分、弱い自分を思い出しそうで怖くなる。             
弱い気持ちになると顔を出す、そういう不安を             
持っている二人だからこそ。             
如何でしたか?

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