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Happy Halloween


昨日からの冷え込みで、夜気は身を切るように冷たい。
手が震えるのをどうにか押さえながら、双眼鏡を覗く。
 
「さて、と。」
 
一人呟いて、仕事に取り掛かる。
今夜の仕事は、この美術館から、絵画を持ち出す事。
とある異国の政府筋からの依頼で、自国の偉大なる画家の絵を
どうしても取り戻したい、という事らしい。
生前、その画家を知りもしなかった連中に、絵画を渡すのは
面白くないが、これも、仕事。仕方がない。
とはいえ、"Halloween(ハロウィン)"の夜に仕事なんて、
二度と、御免だ。
浮かれきった街の空気が神経を逆なでする。
くわえて、仕事の内容も気に入らないときてる。
 
 
美術館の警備は思ったより手薄で、忍び込むのは簡単だった。
警備員が巡回するのを待って、目的の絵画の部屋へと入る。
次の見回りまで、一時間。
今夜の月は明るく、仕事には不向きだが、今は有り難い。
手早く、絵画を額から外す。
 
「成る程、見事なもんだな。」
 
…尤もらしく頷くものの、僕には抽象画は解からない。
細く丸めて、ケースに入れ、さっさとその場を後にしようと
した時だった。
 
「カチリ」
 
その音が何だったか、考える前に体が動く。
次の瞬間、銃弾が体の横を掠めてゆく。
 
「ど、どこだ!?」
 
警備員の声がする。
自分の銃を取り出し、安全装置を外す。彼は命拾いをした。
これが、僕ではなく、"Assassin"暗殺者上がりのM10なら、
確実に命は無かった。
実際、こういう場合、命を奪う方が仕事は上手く行くのだけれど、
Halloweenに仕事をしている同士の彼を撃ち殺すなんて、
野暮な事はしたくはない。
でも、ここでいつまでも隠れているわけにもいかない。
僕は、そっと警備員の後ろに回りこんで、彼の頭に照準を合わせた。
 
 
「Trick or Treat?(お菓子と悪戯、どっちが好い?)」
「い、いつのまに…?」
 
警備員の手から銃を奪って部屋の隅まで床を滑らす。
 
「さぁ、どうする、Trick or Treat?(銃弾か、見逃すか?)」
「…。」
「…Trick?(死を選ぶ?)」
「い、いや、Treat!」
「O.K.」
 
くるり、と銃を回してみせる。
 
「それじゃ、Happy Halloween!!」
 
以前、Japan 出身のAgent から、作り方を教わった煙幕を
彼へのプレゼントに、その場を後にする。
間もなく、警報装置のベルが鳴るのが聞こえたけど、
その時にはもう、僕は遥か空の上。
黒い気球から、手を振る。
 
 
本部に戻ると、すぐに、W05の所へ急いだ。
彼女のオフィスのドアをknock(ノック)する。
 
「開いてるわよ。」
「やあ、忙しいかい?」
「あら、珍しい。大丈夫、今、片付けた所よ。」
 
彼女は贋作を作らせたら、本物以上のものを作る事で有名だ。
今も何か、作り上げた所だったらしい。
僕は早速、背中に担いだケースから、例の抽象画を取り出して、
彼女に頼んだ。
 
「悪いんだけど、大至急、これを作って欲しいんだ。」
「あら、素晴らしいわね。」
 
彼女は流石に知っているらしく、画家の名前を口にした。
すぐに、同じ質の紙をオフィス中から探しつつ、聞く。
 
「これは、非公式かしら?」
「ああ、頼むよ。」
「なら、今度、ランチをおごってもらうわよ。」
「…給料日の後でもいいなら。」
「ええ。商談成立、ね。」
 
僕は邪魔をしないよう、オフィスを出ながら、尋ねた。
 
「朝までに出来るかい?」
「ええ、私も徹夜はしたくないもの、それまでに出来るわ。
出来上がったらあなたのオフィスへ届けておくわ。」
「有難う、助かるよ。」
 
その足で、社長室へと、向かう。成功の報告をする為だ。
今夜はやや、がらんとした本部の最上階の部屋のドアをKnockする。
 
「留守、かな。」
 
反応がないので、そう思った瞬間。
 
「Hands up、M04.」
「…」
 
言われた通り、手を挙げる。気配は完全に無かったな。
 
「Trick or Treat?」
 
どこかで聞いた様な問いを笑いを含んだ声で言う。
僕もふ、と息を吐き出し、手を挙げたまま、振り向く。
 
「社長、何してらっしゃるんです?」
「いやまあ、" Halloween" だからね。」
 
そう言って、彼は手にもっていた銃の引き金を引いた。
途端に飛び出す花束と紙吹雪。
 
「全く君の手際にはいつも感心する。」
 
社長室のドアを自ら開けながら、彼が言う。 
 
「見て、いらっしゃたんですか?」
「今夜は暇だったんでね。」
 
椅子に腰掛けながら、彼が今までと全く同じ笑顔で僕に聞いた。
違うのは、手に、本物の銃が握られていた事だけ。
 
「それで、贋作と本物、どちらを"Client(依頼人)"に
渡すつもりかな?」
「…贋作、と言ったら?」
 
社長はちょっと首を傾げてから答えた。
 
「個人的には賛成だが、社長としてはこの引き金を引かざるを
得ないだろうね。会社の信用を失うわけにはいかない。」
 
僕の答えは最初から、決まっていた。
こんな事を聞いたのは社長の個人としての意見を聞くため。
 
「ご心配なく。僕も仕事には、"Pride(誇り)"を持ってますから。
もちろん、本物を渡しますよ。何しろ、僕等は…、」
「「"Hero(英雄)"ではないのだから。」」
 
二人の声が揃った所で、社長が銃をホルダーに戻しつつ、笑う。
 
「君の口癖だな。
なのに、そうやって贋作をあの警備員の為に届けに行くんだろう?
だが、その優しさが、この世界では命取りになるのを、
知らないわけではないな?」
 
僕は、社長室を出ながら、振り向かずに言った。
 
「優しさ?いいえ、自己満足ですよ。」
 
 
全て、終わって十一月の最初の日。
気の乗らない仕事の後は、昔、辞めたはずの煙草と酒が
恋しくなるのは何故だろう。
久しぶりの休日だけど、今日は一日、この煙に巻かれていたい。
外では、木枯しが落ち葉を舞い上げている。
明日からはまた、次の仕事が待っている。



M10登場への布石、です。             
如何でしたか?

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